研究内容

 
ミクロ・ナノ組織を理解し,
材料を革新する
 皆さんの周りに身近に用いられる構造材料は主に力学機能が要求され,様々な製造プロセス(鋳造・鍛造,溶融めっき,焼結,熱処理,3Dプリンタなど)で生産されており,安全かつ持続的な社会の発展に必要不可欠なものです.
私たちの研究室は,実験と理論計算・データサイエンスの双方の観点から,材料製造プロセスが生み出すミクロ・ナノ組織の本質を理解し,その制御原理を探索します.その原理に基づき、革新的な高機能・多機能を有する新たな構造材料創製に向けた成分・プロセスを設計します.また,電子顕微鏡技術を利用した先進的な実験手法や理論計算に基づく特性解析を用いて材料機能の起源に迫ります.
学生の皆さんや若い研究者が先端的な研究を通じて自分たちの能力を磨き,自立的に発展させることのできる環境づくりを心がけています.外国人留学生・研究者を含めた国際的なメンバー構成の下,他大学・研究所や産業界との連携も積極的に行い、各自の自主性を重視した活発な研究を行います.

 

金属3Dプリンタが生み出す非平衡状態を活かす

金属3Dプリンタは「かたち」を造るだけでなく,「機能」も造ることができます.
3Dプリンタと呼ばれるAdditive Manufacturing (積層造形,付加製造)のひとつである金属粉末を用いたレーザ粉末床溶融結合(Laser Powder Bed Fusion: L-PBF)法は,従来製造法で不可能な三次元複雑形状の部材を製造できます.その3Dプリンタで製造された金属造形体は,レーザ照による超急冷凝固(1秒間に100万度以上の速さで液体金属が固体になる現象)を通じて造られます.

私たちの研究室では,金属造形体のミクロ・ナノ組織が非常に微細な構造を持つだけでなく,これまでにない非平衡状態であることに着目します.この金属3Dプリンタによる非平衡状態の創出は,軽量金属材料の代表であるアルミニウム(Al)の性能を飛躍的に向上させるだけでなく,従来の常識とは異なる物性を創出します.金属3Dプリンタ技術が生み出す非平衡状態を利用した材料設計は,Al合金だけでなく,種々の金属に応用可能であり,銅合金や鉄鋼材料,複合材料などの開発も進めています.これらの理解に基づき,理論計算を利用して,種々の元素との組み合わせを考案し,革新的な高機能・多機能性を持つ材料の金属3Dプリンタによる製造を目指します.

この研究は,下記のプロジェクトにて精力的に推進していきます.  

レーザ粉末床溶融結合法 
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名古屋大学 研究成果発信サイト
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名古屋大学学術研究・産学官連携推進本部 note
関連論文
   

有害と信じられている不純物元素を活かす

アルミニウム(Al)は,“ボーキサイト”と呼ばれる原料から電解精錬法により生産され,国内の電解精錬法に使う電気量の観点から,新たなAl地金はすべて海外からの輸入品に頼っています.一方,リサイクルされたAlの利用は,新地金を使用するよりも製造時のCO2排出量を97%削減できるため,循環型経済推進への取り組みがカーボンニュートラルの観点から急務となります.身の回りにありふれたAl合金のスクラップが大量に発生し,その中にはケイ素(Si)や鉄(Fe)などの不純物が多く含まれています.これらの元素はAlと金属間化合物を生成し,素材を脆くさせ,劣化させるため,一般に除去されます.

私たちの研究室では,Al合金の製造プロセスである鋳造や熱処理を利用して,有害と信じられてる不純物元素(Fe, Si, Mnなど)を有効利用し,Al合金に新たな力学機能を付与することを目指します.Al合金のユーザーである自動車等の産業界と密接に連携し,理論計算と電子顕微鏡の解析技術を利用して,不純物元素を利用したミクロ・ナノ組織の制御原理を構築し,アップグレードリサイクルを実現するAl合金の成分利用とプロセス設計を行います.

この研究は,トヨタ自動車(株)を始めとした様々な企業と連携して推進します.
  理論計算に基づく不純物元素の活用によるアルミニウムの機能創出
関連論文
 

鉄鋼材料の表面処理技術を理解する

亜鉛(Zn)めっき表面処理(コーティング)技術は,高校化学の教科書にも紹介されているように,鉄鋼材料に重要な耐環境性である耐腐食性の機能(犠牲防食作用)を付与します.溶融Znめっきプロセスは種々の構造用材料に適用され,日本の鉄鋼産業の主力製品のひとつです.そのため,溶融めっきプロセス技術(高機能表面処理鋼の開発技術)は鉄鋼業界の企業利益に直結し,企業内の研究成果はノウハウの蓄積となり,そのほとんどが非公開で共有できる基礎的知見が極めて限られています.

私たちの研究室では,大学という中立の立場を活かし,耐環境性に留まらない高機能・多機能を有する溶融めっき皮膜の開発を見据えた基礎研究を先導し,溶融亜鉛めっき技術の革新をもたらす学術基盤を構築します.理論計算に基づき,溶融めっき表面処理プロセスにおける固体と液体の反応過程を通じたミクロ・ナノ組織の生成メカニズムを理解するだけでなく,加工性等の力学機能に資する因子を電子顕微鏡技術と組み合わせた実験的手法で解明します.

この研究は,日本製鉄(株)JFEスチール(株)(株)神戸製鋼所(株)中山製鋼所といった溶融亜鉛めっき製造技術を有する企業だけでなく,ユーザー企業である本田技術研究所などとも連携して推進します.
  溶融亜鉛めっき技術  
関連論文
 

ミクロ・ナノ結晶の変形を理解する

マイクロピラー圧縮試験は,収束イオンビーム(Foucs Ion Beam: FIB)加工により観察試料の特定箇所から大きさ数µmの試験片(マイクロピラー)を作製し,ナノインデンターを用いた圧縮試験により力学特性を調べる手法です.この手法は比較的簡便に単結晶の圧縮試験が可能であるため,結晶性材料の強度及び変形の基礎研究に用いられます.

私たちの研究室では,電子顕微鏡観察試料において微細かつ特定の領域から作製した試験片の力学特性を実験的に測定可能である特徴を活かし,金属材料だけでなく複合/複相材料内部の構成相自体の力学特性を結晶塑性の観点から調べます.また,限られた体積で試験が可能であるため,国内外の大学・研究所で開発された表面のコーティング材料や粉末粒子材料の強度・塑性変形の実験的測定を行います.マイクロピラー圧縮試験は,生まれたての未知の材料の変形メカニズムに迫ることができます

この測定技術を求めて世界各国から研究者(米国,スウェーデン,フィンランド,インド,中国など)が研究室を訪問・滞在するため,海外の大学・研究所と連携して研究を進めていきます.
 
マイクロピラー圧縮試験
関連論文
 

フェーズフィールド法で組織形成を予測する

フェーズフィールド法を用いて材料組織のエネルギー緩和過程を解析することで組織形成過程を予測することができます.計算状態図(CALPHAD)の分野で評価されたギブスエネルギーや原子の拡散易動度のパラメータをフェーズフィールドモデルに実装することで,実用材料の組織形成シミュレーションが可能になります.

さらに,フェーズフィールド微視的弾性論に基づいて固相変態で生じる不均一組織の弾性ひずみエネルギーを評価して組織のエネルギーに加えれば,内部弾性場の影響まで考慮した組織形成シミュレーションが可能になります.私たちの研究グループは,耐熱材料であるニッケル基超合金の高温クリープにおいて立方体状の析出相が異方的に粗大化して板状に変化する組織変化(いわゆる“ラフト化”)や,鉄鋼材料のマルテンサイト変態において複数の結晶方位バリアントで構成されるマルチバリアント組織が形成されると同時に高密度の転位が導入される過程をフェーズフィールドシミュレーションで予測することに成功しています.

このように,フェーズフィールド法に基づいて構造材料における種々の組織形成をモデル化することで,組織形成のメカニズムを解明し,革新的な組織制御手法を提案することを目指しています.
 
フェーズフィールド法
関連論文
  • Y. Tsukada, Y. Murata, T. Koyama, N. Miura, Y. Kondo, Creep deformation and rafting in nickel-based superalloys simulated by the phase-field method using classical flow and creep theories, Acta Materialia, vol. 59, 6378-6386, (2011).  https://doi.org/10.1016/j.actamat.2011.06.050
  • Y. Tsukada, T. Koyama, F. Kubota, Y. Murata, Y. Kondo, Phase-field simulation of rafting kinetics in a nickel-based single crystal superalloy, Intermetallics, vol. 85, 187-196, (2017).  https://doi.org/10.1016/j.intermet.2017.02.017
  • Y. Tsukada, Y. Kojima, T. Koyama, Y. Murata, Phase-field simulation of habit plane formation during martensitic transformation in low-carbon steels, ISIJ International, vol. 55, 2455-2462, (2015).  https://doi.org/10.2355/isijinternational.ISIJINT-2015-039
  • Y. Tsukada, A. Yoshida, T. Koyama, Internal stress state of martensite in low-carbon steel: a phase-field study, Proceedings of the 7th International Symposium on Steel Science (ISSS2024), 49-54, (2024).   https://doi.org/10.2355/isijisss.2024.0_49
   

組織予測に基づいて材料の力学特性発現のメカニズムを理解する

フェーズフィールド法を用いて材料の組織と力学特性(応力-ひずみ応答)の関係を解析することができます.例えば,超弾性/形状記憶合金について,外部応力下のマルテンサイト変態をモデル化すると,応力-ひずみ曲線に対応した組織変化を予測することができます.私たちの研究で,マルテンサイト変態前のナノスケールの組織がマクロの力学特性に大きな影響を及ぼすことが明らかになりつつあります.

結晶欠陥(転位,結晶粒界など)に合金元素が偏析すると,材料の力学特性が変化することが知られています.私たちの研究グループは,計算状態図(CALPHAD)の熱力学データベースを活用することで,多成分系合金における結晶粒界の平衡組成を予測する手法を提案しました.また,耐熱材料であるニッケル基超合金について結晶粒界組成の予測結果とクリープ破断強度の関係を解析し,特定の元素が結晶粒界に偏析することがクリープ破断強度の向上に有効であることを明らかにしています.

このように,材料組織の予測結果と材料の力学特性データの関係を解析することで,材料の力学特性発現のメカニズムを理解するとともに,材料の力学特性の向上に重要な組織因子を定量的に明らかにすることを目指しています.
 
材料の組織と力学特性(応力-ひずみ応答)の関係
関連論文  
  • Y. Ishiguro, Y. Tsukada, T. Koyama, Phase-field simulation of spinodal decomposition and its effect on stress-induced martensitic transformation in Ti-Nb-O alloys, Computational Materials Science, vol. 151, 222-230, (2018).  https://doi.org/10.1016/j.commatsci.2018.05.003
  • M. Funamoto, Y. Matsuoka, Y. Tsukada, T. Koyama, Prediction of grain boundary chemistry in multicomponent alloys, Science and Technology of Advanced Materials: Methods, vol. 2, 322-333, (2022).  https://doi.org/10.1080/27660400.2022.2112915
  • H. Uruchida, Y. Tsukada, Y. Matsuoka, T. Koyama, Computational approach to grain boundary segregation engineering of nickel-base superalloys, Scientific Reports, vol. 14, 12996, (2024). https://doi.org/10.1038/s41598-024-63801-6
   

材料組織データから効率的に材料パラメータを推定する

フェーズフィールドモデルを代表とする材料組織予測モデルには多くの材料パラメータが含まれますが,それらの値がすべて既知であるケースは稀であり,このことが組織シミュレーションを行う際の大きなハードルになっています.そこで,私たちの研究グループは,材料組織の実験データと組織計算モデルを同化することで,材料組織データから材料パラメータに関する情報を効率的に抽出するためのアプローチを検討しています.

私たちの研究で,データ同化の手法を用いて材料組織変化の時系列データとフェーズフィールドモデルを融合することで,計算状態図(CALPHAD)のギブスエネルギーと原子の拡散易動度のパラメータを同時に推定できることを明らかにしました.

また,第二相粒子形状の実験データと組織計算モデルを融合し,さらに機械学習の手法を活用すると,二相間の界面エネルギーや格子ミスマッチを効率的に推定できることを明らかにしています.このように,材料組織の実験データと組織計算モデルを融合し,種々の材料パラメータに関する情報を効率的に蓄積することで,組織シミュレーションの予測精度の向上が期待されます.
 
材料組織データから材料パラメータに関する情報を効率的に抽出するためのアプローチ
関連論文  
  • Y. Matsuura, Y. Tsukada, T. Koyama, Adjoint model for estimating material parameters based on microstructure evolution during spinodal decomposition, Physical Review Materials, vol. 5, 113801, (2021). https://doi.org/10.1103/PhysRevMaterials.5.113801
  • Y. Tsukada, Y. Beniya, T. Koyama, Equilibrium shape of isolated precipitates in the α-Mg phase, Journal of Alloys and Compounds, vol. 603, 65-74, (2014).   https://doi.org/10.1016/j.jallcom.2014.03.044
  • Y. Tsukada, S. Takeno, M. Karasuyama, H. Fukuoka, M. Shiga, T. Koyama, Estimation of material parameters based on precipitate shape: efficient identification of low-error region with Gaussian process modeling, Scientific Reports, vol. 9, 15794, (2019).  https://doi.org/10.1038/s41598-019-52138-0
  • S. Takeno, Y. Tsukada, H. Fukuoka, T. Koyama, M. Shiga, M. Karasuyama, Cost-effective search for lower-error region in material parameter space using multifidelity Gaussian process modeling, Physical Review Materials, Vol. 4, 083802, (2020).  https://doi.org/10.1103/PhysRevMaterials.4.083802