名古屋大学 大学院工学研究科 化学システム工学専攻 安田・山口研究室
Yasuda & Yamaguchi Laboratory, Department of Chemical Systems Engineering, Graduate School of Engineering, Nagoya University

Research

研究内容 Research


 安田・山口研究室では、超音波とファインバブルを用いた高性能で低環境負荷な化学プロセスの開発と、化学プロセスの設計に重要となる液体・溶液の相挙動や粘度などの物性をミクロな視点から実験と計算機シミュレーションを用いて研究しています。その内容を以下に紹介します。

ソノプロセス(安田)

ソノリアクター

 水に超音波を照射すると圧力が変動し、圧力が低下したときに微細気泡が発生します。その後、気泡は超音波振動とともに膨張・収縮しながら成長して、最終的に断熱的に圧壊(超音波キャビテーション)します。その際に気泡内部と周辺に高温・高圧・高速流動の場が形成され、高温反応やOHラジカル反応などの化学的効果、アルミホイルの破壊などの機械的効果(右上写真)があらわれます。機械的効果は洗浄機やホモジナイザーに利用されています。
 このように超音波による高エネルギーな反応場が、常温・常圧の水溶液中に形成するので、低環境負荷で高性能なプロセスを構築することができます。本研究室では、ソノプロセスを実用化しつつ、学理を構築するために主に以下の研究を行っています。

超音波とウルトラファインバブルを活用した高純度な金属ナノ粒子の合成

 金などのナノ粒子は、そのサイズや形状に応じて触媒活性や光学特性が異なり、バイオセンシングや光学機器などでの応用が期待されています。金イオンを含む水溶液に超音波キャビテーションを作用させると、還元剤や安定剤を用いずに、室温で高純度な金ナノ粒子を合成できます。また、温度やpHによって、金ナノ粒子の形状が変化することがわかりました。現在は、粒子径の制御を目指して、ウルトラファインバブル(詳しくは後述のファインバブルプロセスを参照)を添加したときの影響を調べつつ、そのメカニズムを解明しています。

超音波霧化による有価物質の高度分離

 各種アルコール水溶液を超音波で霧化(写真)すると、霧中にアルコールを高濃度で分離できます。この方法は、熱や力学的に弱い物質も分離でき、エネルギーコストが低いことが特徴です。本研究室では、本分離法の開発に世界でいち早く取り組み、霧中のアルコール濃度の測定が可能な装置を開発し、分離機構の解明を行ってきました。本分離法は日本酒の濃縮や排水中の有害物質の分離などに実用化されています。最近は、水溶液中の様々な有価物質の分離性能の評価と装置の改良を行っています。

ファインバブルプロセス(安田)

 ファインバブルとは、大きさが100µm以下の気泡のことで、液中へのガスの加圧溶解や液流せん断による気相分散などによって生成し、水が白濁(上段写真)します。数mmの通常の気泡と比べて、ファインバブルは、気液界面積が大きく、上昇速度が低いのでガスの水への溶解(下段写真)といった気液間の物質移動が促進されます。さらに、表面が帯電し、気泡内が加圧しているといった特徴も持っており、様々な化学プロセスの強化を低環境負荷で行うことができます。
 1µm以下の気泡であるウルトラファインバブルは、グリーンレーザーを当てると散乱(上段写真)します。上昇速度がブラウン運動の速度より低いので、浮上しないことから、長期保存が可能です。しかし、分子レベルでの存在形態などわかっていないことも多く、応用分野のみならず学問的にも大きな関心を集めています。本研究室では、ファインバブルを様々な化学プロセスに展開しつつ、学理を構築するために、主に以下の研究を行っています。

ファインバブル水による油分のノンケミカル洗浄と分離

 油滴を含む廃水の処理には、界面活性剤や高分子などの凝集剤が使用されています。本研究室では、凝集剤を入れずに空気のファインバブルのみでエマルションからの油分のリサイクルを可能にしました。最近では、様々な材質の固体壁に吸着した油汚れの洗浄にも、洗剤を使用しない空気ファインバブル水が有効であることを明らかにし、洗浄条件の最適化と現象の解明を行っています。

超音波照射によるウルトラファインバブルの高速製造と密度制御

 現在、ウルトラファインバブル水は加圧やせん断力によって作成されていますが、大型ポンプが必要なので少量作成することが困難であり、時間もかかります。本研究室では、超純水へ超音波照射によってウルトラファインバブルが短時間で生成することを、ブラウン運動追跡式測定機(写真)による測定により発見しました。本技術により、密度を制御した少量のウルトラファインバブル水を高速に製造することができます。現在、超音波周波数・強度やガス種などの影響を探査しつつ、ウルトラファインバブルが生成するメカニズムの解明を行っています。また、ウルトラファインバブルを活用した高効率ソノリアクターの開発も実施しています。

液体の粘弾性測定(山口)

 液体の粘性は液体にずりを加えた時に生じる液体構造の歪みによって生じます。歪んだ構造は分子の熱運動によって平衡状態へと緩和しようとしますが、この緩和が遅いほどずりによる構造歪みは大きくなり、粘性もまた大きくなります。では、液体構造は具体的にはどのように歪み、どの程度の時間スケールで緩和するのでしょうか?
 一秒間に106から109回という極めて速い周期で振動するずり流れを液体に与えて粘性係数を測定すると、得られる粘性係数は振動周期に依存して変化します。この変化を解析することで粘性の起源となっている液体構造が緩和する時間スケールを実験的に知ることができます。我々はこの手法をイオン液体やリチウムイオン電解液などの材料に適用し、以下の研究を行っています。

ギガヘルツ粘性測定装置の開発

 GHz(一秒間に109回)という高周波で粘性係数を測定する装置とデータ解析手法の開発を行っています。写真に示す装置は水晶振動子の共振を用いて3 GHzまでの粘性係数を周波数の関数として測定する装置です。一辺2cmのコンパクトな装置で、数十µLという微量な試料の測定が可能となっています。

量子ビーム準弾性散乱による粘弾性解析

 X線や中性子など、分子サイズと同程度の波長を持った量子ビームを液体に照射して散乱波を散乱角とエネルギーの関数として測定すると、どのような長さスケールの構造がどの程度の時間スケールで運動しているかを知ることができます。この情報を高周波粘性測定と組み合わせることで、液体の粘性を支配している液体構造の長さスケールを推測することができます。

統計力学理論と分子シミュレーション(山口)

 計算機上に分子集合体を再現してその性質を調べる分子シミュレーション法は液体・溶液の性質を調べる有力な手法です。一方で計算機内に再現される系のサイズは巨視的な系と比べてはるかに小さく、計算できる時間スケールも限られているため、熱力学量などの巨視的物性の理解には統計力学理論が必要となります。
 我々は液体の統計力学理論の一つである積分方程式理論や一般化ランジュバン理論を分子シミュレーションと組み合わせて液体・溶液のマクロな性質の理解を目指しています。

RISM型積分方程式理論による液液相分離の研究

 二つの液体を混合したときに均一に混ざるかどうかは、化学プロセスの設計に重要であるのみならず、近年では生物物理学においても興味が持たれています。我々は分子性液体の積分方程式理論であるRISM理論を用いて混合液体の溶媒和自由エネルギーから混合ギブズエネルギーを計算する手法を開発しました。図に示すように有機溶媒の疎水性が増すと共に混合が不安定化して相分離が起こる傾向が再現されています。

溶液中の荷電高分子のシミュレーション

 酸解離基を持つモノマーからなる荷電高分子の拡張アンサンブル法によるシミュレーションを行い、酸解離の過程で分子内で解離状態(赤)と中性状態(黒)が相分離する状態を経ることを見出しました。今後は周囲にある低分子イオンの影響や高分子鎖が多数存在するときの挙動の解明を目指しています。